より自分が輝ける場を求めて、積極的に転職する人が増えてきた昨今。「自分のスキルを活かして」「憧れのあの業界に」「お給料を上げたい!」など、転職理由は十人十色です。そんな中、今回は敢えて異業種への転職を選ばれた方にスポットを当てます。どんな思いで転職し、そしてどのような“今”があるのか――それぞれの想いを語っていただきました。
スイーツブームで一気に知名度を上げたパティシエから、IT業界で引っ張りだこのプログラマーへ。そんな異色の経歴を持つのが、若干21歳の田中伸季さんです。パソコンも持っていない状態からプログラマーに転職して3ヶ月、すでに現場でバリバリ働いている田中さんに、異業種転職の経緯やお気持ちをお伺いしました。
テレビや雑誌でもてはやされる、パティシエという職業。その手から生み出される繊細なスイーツに、思わずため息を漏らしてしまうという方も多いことでしょう。田中さんがそんなお菓子の道に進もうと思ったきっかけは、高校1年生のときにアルバイトをしたファミリーレストランのガストがきっかけでした。
「調理のアルバイトをしたんですが、そのときの作業を店長に高く評価されたんです。それで、もしかして自分は料理に向いているのではないか?と感じるようになりました。自分の価値を見出せたのが大きかったですね」
何もないところから材料を組み合わせて料理を作るのが楽しい、そう思えたこともこの道を選ぶきっかけになったと言います。
高校を卒業した田中さんは、大阪の辻製菓専門学校に進学を決めました。
「製菓衛生士の資格の受験資格を得られるというのが、この学校を選んだ理由です。就職後2年でも受験資格は得られるんですが、できるだけ早いほうがいいなと考えていました。製菓衛生士の資格を取ると、お店を開くときに必ず一人は必要なので、資格を持っていると有利なんですよね」
一方で、田中さんには海外留学の話もあったのだとか。ただ、現地での生活費や学費など全部含めると私立大学の4年分くらいの費用になってしまうこともあり、結局留学は辞退することに。実家近くの藤沢のホテルにパティシエとして就職する道を選びました。
ホテルでは、ウェディングケーキなどを作っていたという田中さん。「組み立ては現地でやるので、僕がやっていたのはフルーツをカットするなど、パーツを作る部分でした」
基本的に、定時は7時から16時。ただ、夕方からは遊びに行ける!というものではありません。ここはやはり職人の世界。技を磨くために、残ることも多かったようです。
「店が閉まるまで、残って練習することが多かったですね。たとえば、誕生日ケーキの上に載っているチョコプレートにメッセージを描いたり、生クリームの絞りの練習をしたりと、やることは山ほどあるんです」
なんと、そのお店オリジナルのサービスとして、アニメのキャラクターなどをバタークリームで描くこともあったそう。「ムシキングが流行しているから、カブトムシをホールケーキの上に描いたりもしました(笑)」
その後、田中さんは南青山のパティスリーに移ったものの、次第に転職を考え始めます。
「理由としては、家庭での経済上の問題が大きかったですね。もう少し家にお金を入れたいと思うのですが、パティシエは基本的な初任給が高くて15万円くらい。2〜3年して違う店に移って学ぶケースが普通なのですが、そこでまたお給料が下がってしまうこともあるんです」
華やかそうに見える業界ですが、パティシエで稼ぐことができるのはほんの一握りなのだとか。
「自分のお店を持たないと、基本的には儲かりません。大会とかで受賞して実績を残している人は、いろいろな専門学校から講師としてお声がかかり、そうしたところで稼いだりもします。パティシエという仕事自体は好きなんですけれどもね」
プログラマーを目指そうとするのだから、さぞかしパソコンには詳しかったのでは…と思いきや、実はそんなことはまったくない、とのこと。ではなぜIT業界を!?
「仕事を辞めてから、自分に何ができるかを考えてみたんです。そうしたら、デスクワークなどの資格やスキルが、自分にはまったくないことに気づきました。一方、IT系の仕事は深刻な人手不足で、需要が高まっているらしいと。それで求人サイト等を見てみたら、“未経験OK”という会社が意外に多かったんですね」
その中で出会ったのが、1ヶ月間の研修中に2つの資格が取れるという株式会社ワイズノット。「プログラマーになるためのパソコン教室もありますが、教えていただきながらお給料がいただけるワイズノットに決めました。ワイズノットで覚えられるPHP言語の需要も今後、どんどん増えそうでしたから」
そしてついに、研修の日々が始まりました。朝9時から夕方5時まで、「インターネットとは何か」というところから始まって、サーバとLinux、PHPなどをみっちりと勉強するのだとか。
「研修期間は1ヶ月なんですが、やはり大変でした。入社前に情報技術者の勉強をして、予習はしてきたつもりだったのですが、覚えることが非常に多く苦労しました。それまでは普通にインターネットをしたり、前のお店で顧客リストを作ったりする程度でしたからね」
パッと見は全く違う、パティシエとプログラマー。しかもつい3ヶ月前までは、プログラムはおろか、パソコンすら持っていなかったとのこと、さぞかし大変だったと思うのですが…。
初めて社外で常駐したときなどは、初めての連続、かつ考えすぎたことで、なんと知恵熱を出してしまったのだそう。
「研修を受けていた人はだいたい、IT系である程度やってきた人たちでしたから、コンピュータの概念的な部分にもすぐになじめるものがあったと思います。
ただ、僕の場合はお菓子を作る理論からコンピュータの概念ですから、考え方に適応するのには時間がかかってしまいました。考え方に馴染めなくはないのですが、覚えるのに時間がかかってしまうんですね」
一方で、体はずいぶんとラクになったとのこと。
「以前は始発で出て、終電で帰るような日もあったので、体は今の方が楽です。ホテルの店は週休2日もらえましたが、個人の店では休みは限られます。ハードすぎて体調を崩す人もたくさんいました。力仕事ですから、腰を悪くする人も多いですよ」
なんと、専門学校を卒業後3年で、パティシエとして残るのは3割もいないのだとか。収入のこと、体力的なこと…決して“好き”だけではつとまらない仕事です。
ただ、田中さんが想定外だったことが1点ありました。それは「イメージ」。「パティシエをやっていた頃は、イメージは良かったと思うんです。でもプログラマーのイメージって、激務などのイメージが強いんですよね。とはいっても、パティシエも実際は勤務時間がハードで出会いがないので、実際はすごく地味ではあったんですが(笑)」
今はプログラマーとしてやっとかたちになってきたところだという田中さん。
「まだまだ素人同然なところもありますが、しっかりついていきたいです。教えてもらって当然、などという気持ちはまったくありません。せっかく教えていただいたので、きちんとお返ししたいと思います」上下関係に厳しいパティシエ時代に身に付けた「筋を通す」という考え方。働く環境や内容が大きく変わっても、こうした人間性は決して変わることなく、田中さんの中に息づいていることでしょう。
そして、それこそが異業種の中でやり抜く強さに繋がったに違いありません。
「初めての仕事というのは周囲の人から教えられることを素直に受け入れることが大事だと思います。やっぱり業種にとらわれず、仕事をする姿勢というものはすべて同じですからね」
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